2014年10月8日水曜日

今日の小川軽舟 4 / 竹岡一郎

百合深く入り不帰(かへらず)の虻一つ         「近所」

虚子に「虻落ちてもがけば丁字香るなり」の句があるが、掲句の虻はもがきもせず行き行きて、遂に帰らぬ。それだけ花に魅了され花に殉じたのだ。花の奥に入り込んで帰れなくなった虻は、男なるさがの象徴であろう。百合は清純を表わし、処女の暗喩であるが、虻が帰れなくなるのだから、恐るべき処女神である。虻は帰れなくなったのではなく、帰りたくなくなったのだろうか。一匹ではなく、「一つ」とある事から、虻は百合の所有物になったのか。しかし、一つである処に百合の純情さもうかがえる。虻数多であれば、堪ったものではない。平成十二年作。