2014年10月7日火曜日

今日の小川軽舟 3 / 竹岡一郎

男にも唇ありぬ氷水            「近所」

掲句については、藤田湘子の鑑賞を挙げたい。「鷹」平成八年十月号の「秀句の風景」より引く。
「至極当然なことを、あらたまって言われてみると妙になまなましく感じることがあるが、掲句などさしあたりその最たるものであろう。不用意に読めば、男にも唇がある、当たりまえじゃないか、で済んでしまいそうだが、「氷水」が関わってくると、どっこいそうは言わせませんよ、と一句が迫ってくる。氷水を食べるときの、あの、冷たさをちょっと宥めるような口元の形がクローズアップされ、やがて、ふだんは気にもとめぬ男たちの唇が、あれこれと想われてくるのである。と言うことは、蛇足ながら、もう一方に女たちの唇のイメージが絢爛とちりばめられているのであって、そこまで連想の波紋がひろがっていくと、一見無表情なこの句が、どことなくあでやかな雰囲気を発してくるのを感じるのではあるまいか。」

この鑑賞に今更付け加える事もないので、個人的な思い出を一つ述べておく。平成二十三年夏の鷹中央例会で、私の「老兵が草笛捨てて歩き出す」の句が主宰特選を得、軽舟主宰から掲句の「氷水」の短冊を頂いた。今考えると、軽舟主宰は拙句の「老兵」に湘子を思ったのかもしれぬ。生涯戦う俳人であった湘子には、老練の兵の気迫があった。湘子の唇が薄かったことも懐かしく思い出される。平成八年作。