2014年10月10日金曜日

今日の小川軽舟 6 / 竹岡一郎

鏡面は裡(うち)から朽ちぬ蟬時雨         「呼鈴」

これを現代の鏡と見れば、あまり見ない景である。しかし、鏡に曇るような斑点が出来るのを、鏡業界では「シケ」といい、実際に有る事だ。高温多湿下や長年の使用により、内部の銀・銅膜が腐食して起こる。漢や唐の銅鏡なら、錆びている物を幾つも見たことがある。緑青が苔のように盛り上がっている。しかし、その場合、錆はむしろ外から内へ進むだろうから、掲句の鏡は現代の鏡と見る方が妥当であろう。廃屋の閉め切った一室、あるいは廃園となった遊園地の鏡などには良くありそうである。腐食がいよいよ進めば、何も映していない筈の鏡に、「シケ」は人影の如く浮かぶ事もあろう。中々に怪談である。蟬時雨は、絶えず静かに進んでゆく錆を音として表わしていると取れよう。平成十八年作。