囀の奥へと腕を引つぱらる 鴇田智哉
すこし不思議な句。(おそらく人間だが)何に腕を引っぱられたか、主語がなく、この句の構成だと、囀に引っぱられたかのようだ。おそらく、何者かによって腕を引っぱられ、そのとき、視覚でその先を確認するよりも前に、聴覚が囀を感じとったのだろう。触覚→聴覚(→視覚)と、一瞬をいくつかの感覚に分けてから、詠んでいる。
囀の奥、も分かりにくいが、奥、は自分にとっての奥である。つまり、これは自分と囀の距離感を、自分本位にいっているのだ。
身体感覚の優れた一句。春の光が、まぶしくこの句の景を包む。
<鴇田智哉句集『凧と円柱』(ふらんす堂2014年) 所収>