秋の秋子は微熱の源氏物語 山本紫黄
<秋子>という名が妖艶で物悲しく、そして秋子の息使いが聴こえてきそうだ
上掲句は山本紫黄が亡くなる前日に上梓した句集『瓢箪池』に<秋子抄(五句)>として収録されている。<春の秋子は赤い鳥居に照らさるる><夏の秋子は黒地の服の草模様><冬の秋子は髪の匂いの防空頭巾><秋子の忌痩身の鳩なかりけり>とともに並ぶ。
春・夏・秋・冬、四季を通して秋子を想うどれも恋の句と思う。1980年代の『四季・奈津子』(五木寛之)の四姉妹を彷彿してみたり、「源氏物語」に登場する女性たちを重ねたりと想像が膨らむ。
任意の言葉に春夏秋冬を付け、春のXX、夏のXXとする手法は、そうは簡単に当たりが出ないが、紫黄の師である三鬼に、<中年や独語おどろく冬の坂>の句がある。春夏秋冬の中では、「もののあはれ」の季節を感じる秋を冠にしている有名句に遭遇する。
筒袖や秋の棺にしはがはず 漱石
くろがねの秋の風鈴鳴りにけり 蛇笏
秋の就一代紺円盤の中 草田男
風干しの肝吊る秋の峠かな 三橋敏雄
<秋子>にこだわる紫黄には実在の<秋子>がいる。長谷川かな女創設「水明」を継承した長谷川秋子のことだろう。秋子の父・沢本知水と、紫黄の父・山本嵯迷は兄弟であり、秋子と紫黄は従兄妹同士にあたる。紫黄は「水明」を飛び出し、三鬼の「断崖」東京支部に参加。昭和32年より三鬼門となった。長谷川秋子の美貌は名高く、その美しさ故か昭和48年46歳で早世した。「水明」には今も秋子を慕う同人が大勢いらっしゃる。
鬼のぞく窓に夜の咳あるばかり 長谷川秋子
犬吠ゆる冬山彦になりたくて 〃
紫黄の<秋子>五句抄を見ていると、幼少から知っていた秋子への思慕、そして俳句に魅せられながら数奇な運命を辿った二人の近くて遠い距離が伝わる。秋子が読破した『源氏物語』の光源氏と最初の正妻・葵の上も従兄妹同志という設定というのも意味深である。
紫黄にとって、<夏の夏子>も<冬の冬子>も存在せず、遺稿の中には、たくさんの<秋子>の句がきっとあったはずと想像する。<秋の秋子>のエレジー度は五句抄の中で群を抜いて高く、<微熱>という状態が痛くさえ感じられるのである。
<『瓢箪池』2007年水明俳句会 所収>