近い日傘と遠い日傘とちかちかす 鴇田智哉
近い日傘、と、遠い日傘というものは、なんともはっきりとしない言い方だ。しかし、この曖昧さに景はどんどん膨らんでいく。わたしは、「近い日傘」とは、直前を歩いている人の日傘、「遠い日傘」とはさらに距離を置いて前を歩いている人のものだと思った。日傘といわれれば、大抵の人は、フリルのついた白のものを想像だろう。その同じようなものと思われる日傘を、距離で分類したとき、確かに、近い日傘には細かな装飾を確認することができ、遠い日傘はそれの全体の形を確認することができる。そして、その二つの情報を重ねたとき、はじめて、日傘というものがぽっと浮き上がってくるのだ。字余りも、景の曖昧さを助長する。
そして、これらを「ちかちか」するという。「ちかちか」とは、ネガティブなイメージをもつ言葉だが、ここではあまり嫌な感じがしない。むしろ、嫌なことを楽しんでいるようだ。平易な言い方が、句全体の雰囲気を愉快なものにする。
気持ちのいい一句だ。
<鴇田智哉句集『凧と円柱』(ふらんす堂2014年) 所収>