ラベル 嵯峨根鈴子 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 嵯峨根鈴子 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年1月28日火曜日

DAZZLEHAIKU80[嵯峨根鈴子]  渡邉美保

ひろびろとつかふ夜空や六の花   嵯峨根鈴子


 「六の花」は雪の異称。六角状に結晶する形から六の花(むつのはな)、六花(りっか)などと呼ばれる。

 さえぎるもの何ひとつない、広くて深い夜空から雪が降る。雪はゆったりと間隔を大きくとりながら、地上へと降りてゆく。そして雪の結晶は、徐々に大きく、六角形の花となっていくのだろう。

 夜空と雪だけの静謐な世界なのだが、「ひろびろとつかふ夜空」の表現から、雪が意志を持って、夜空をひろびろと使っているように感じられ、六の花のひとつひとつが生き生きと弾んでいるかのようだ。雪の結晶の精緻な美しさが目に浮かぶ。

 作者もまた、六の花のひとつとなって浮遊し、冬の夜空を堪能しているところではないだろうか。そんな場面を想像する。

 

『ちはやぶるう』より冬の句を。

 風花や青空映す水たまり      嵯峨根鈴子

 寒晴や仇の如くガム嚙んで

 大寒のかあんと消火器が倒れ

 汚れてはならぬ兎よてのひらよ

 狐火にぴつたりの尾を選びけり

〈句集『ちはやぶるう』(2024年/青磁社所収)〉


2019年3月21日木曜日

DAZZLEHAIKU32[嵯峨根鈴子] 渡邉美保



  もう人にもどれぬ春の葱畑     嵯峨根鈴子     

   葱畑で主人公は何になっていたのだろう。どうして人に戻れなくなったのだろう。葱畑で、主人公に何があったのか。
 つぎつぎと疑問が膨らむ。
 春の葱畑。そこは駘蕩として、葱も長けていることだろう。畑土と葱の混じり合う匂いがする。葱の一種独特の匂いは、どこか官能的でさえある。その中で、人ではない何者かに変身した主人公の姿を想像する。
 「もう人にもどれぬ」というのっぴきならぬ情況。
 「ああ、どうしよう」という困惑や後悔。しかしそこには、「もう人に戻りたくない」(戻れなくてもいい)という願望も含まれていそうな気がする。
 春の葱畑には、誰も覗くことの出来ない深い愉楽の世界が潜んでいるに違いない。

 葱畑に行ったきり帰ってこなくなった人が、どこかにいたのではないかと、ふと思う。
  
〈句集『ラストシーン』(2016邑書林)所収〉