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2017年7月20日木曜日

DAZZLEHAIKU6[長谷川晃]渡邉美保



夜半の夏畳の縁を獏が行く   長谷川晃


初めて動物園のバクを見たとき、「これが夢を食べる動物なのか」と妙に感心した。しかし、動物園のバクと「悪夢を食べる霊獣」の獏とは別物であるらしい。
小さな目と間延びした鼻(吻)、奇妙な格好のこの動物は、本来、森林ややぶで暮らし、薄明・暮時に活動、草や芋、果実を食べるが、近年、絶滅の危機にあるという。
さて、掲出句の獏、「夜半の夏」「畳の縁」とくれば、やはり、悪夢を食べる獏なのだろう。とはいえ、映像としては、動物園のバクの姿が浮かぶ。
真夏の夜ふけ。夢なのか、夢から覚めた瞬間なのか、現実と夢の間に畳の縁を行く獏を見た。獏は何処へ行くのだろう。想像上の霊獣と言われる獏であれば、畳の縁が、異質な世界からの通路になっているかのようで、「畳の縁を行く」という表現に妙にリアリティを感じる。
悪夢を食べてくれる獏には、どこへも行かず、ここにとどまって欲しいものである。これから見るかもしれない悪夢を食べてもらいたい。悪夢は夜ごとに増えていく。


(句集『蝶を追ふ』邑書林2017年所収)

2017年7月3日月曜日

DAZZLEHAIKU 5 [長谷川晃]渡邉美保



梅雨真中抜いた歯根の長きこと  長谷川晃


虫歯のせいなのだろうか。痛み出した歯はついに抜くことになる。口の中にある時は歯根のことなどあまり意識していないが、歯の下に隠れている歯根は予想外に長い。抜いた歯を医者に見せられた時の、ちょっとした驚きと屈折。この歯根が歯を支えていたのだという感慨もあったかもしれない。
「梅雨真中」という季語から、この季節特有の鬱陶しさが、歯痛の鬱陶しさを増幅している。
「抜いた歯根の長きこと」しか述べられていないが、歯根の形を思い浮かべると、少しおかしく、少し切ない。そして、歯を抜くに至るまでの疼きや、抜かれる時の緊張感、抜いてしまった後の喪失感(たとえ歯の一本といえども…)や悔恨など、もろもろの思いが想像される。口中には、抜歯の際の麻酔のしびれが、まだ残っているにちがいない。


〈句集『蝶を追ふ』2017・5邑書林収〉