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2016年6月24日金曜日

【まとめ】 人外句境  / 佐藤りえ



ここまで「人外句境」として40句を読んできた。

人ならぬものが登場する、または人ならぬものの気配のする俳句を選んだつもりであるが、この鑑賞はそもそもの「人外」の意味を厳密に汲んでいるものではない。ミニコミ誌「別腹」8号に川田宇一郎氏が寄せた文章が、「人外」の定義につれて触れている。

 辞書的な正当な意味は二つある。現代の「人外スキー」が時折、タイトルで間違えて買ってしまう小説だが、小栗虫太郎『人外魔境』は本来の正しい使い方である。ドドという有尾人が登場するが、彼の存在を「人外」としているわけではない。ドドらの生息域=地球上の未踏地帯であるコンゴ北東部への冒険譚が、「人間の住む世界の外」という意味で人外なのである。 
(中略) 
 もう一つの辞書的意味(ただし稀)は、中井英夫の小説『人外境通信』が代表する。冒頭に、「どこかしら人間になりきれないでいる、何か根本に欠けたところのある、おかしな奴」として私語りがはじまり、最後は「人外。それは私である」と結ばれる。つまり「人の道に外れていること」という意味だ。 
 辞書的「人外」には、この「人の住む世界の外」か「人の道に外れたこと」の意味しかない。だから「人類以外のキャラ」という意味は、サブカル分野のヒロイン等の属性区分で使われだした最近の用法である。
「人外考――一般論の王国へ」川田宇一郎

この論考をたよりに考えれば、物語に登場するキャラクター、ロボット、家電、動物、架空の存在、人形など、取り上げてきた題材の多くはサブカル的文脈においての「人外」ということになる。「人ならぬもの」が一句のなかに特殊な存在としてでなく、恒常的な、今ある世界の一部のように置かれている、またそのように扱われている。観賞しながら、そのこと自体に違和感がないのはなぜだろうか、という問いが常に傍らにあった。

今年2月に上梓された「妖怪・憑依・擬人化の文化史」(伊藤慎吾編著)という本がある。帯には「『日本書記』から『妖怪ウォッチ』まで」の惹句が踊り、前近代から今日までの日本の「異類」の表現史を幅広く解説している。「擬人化」の項の総説「擬人化された異類」のなかに「今日の日本では、国家や都道府県、言語や観念といった、様々な見えないものや抽象的なものが当然のように擬人化されている。」という記述がある。ひとの仕草をさせる、手足をつけて人間らしく見せる、といったものより、見た目としては人間にしか見えない―しかも美男美女である―ような「擬人化」表現のほうが、今日猛威をふるっている。

では、俳句の表現においては、どうか。〈ロボットが電池を背負ふ夕月夜/西原天気〉〈人魚恋し夜の雷聞きをれば/川上弘美〉〈雪女ヘテロの国を凍らせて/松本てふこ〉〈初夢に踊り狂へり火星人/高山れおな〉などは、「異類」がそのまま登場している句になる。ここでの異類は、しかしどちらかといえば記号的な役割―それぞれの名を持つものの総体としての存在―であるように思う。
いっぽう〈たましひが人を着てゐる寒さかな/山田露結〉〈たましひも入りたさうな巣箱かな/藺草慶子〉〈大凧に魂入るは絲切れてのち/髙橋睦郎〉など、目には見えない「たましい」が登場する句も多くひいた(執筆時に候補として〈使い減りして可愛いいのち養花天/池田澄子〉もあった)。これらの句に登場する「たましい」は、「人ならぬもの」のなかで、「目には見えないけれどあると信じられているもの」を可視化して表現の一助としているものである。可視化、といっても「視覚化」ではない。言葉の上で他に言い換えられないものとして、フィジカルなものとメンタルなものの中間的存在、または「こころ」の物質的代替物として登場している。

「可視化」と「視覚化」の違いとは、ことばでおもしろがらせるか、見た目でおもしろがらせるか、ということではないか、と推察する。たとえば〈今晩は夜這いに来たよと蛸が優しい/御中虫〉は、「夜這いに来たよ」と「蛸」が告げる、という点に擬人化表現を見るが、この蛸を「どのような蛸」と取るかは読者に委ねられている。八本足で立ち上がっていると見るもよし、顔だけ蛸で体は人間の半人半蛸、浮世絵『里すゞめねぐらの仮宿』の雀たちのような姿を想像するもよし。「人っぽい仕草」がおもしろいのであって、「ヒトガタの蛸」が明示されているわけではない。



俳句のなかにあらわれる「人ならぬもの」たちについて、つらつら思うところを綴ってきた。
約二年にわたり、勝手気儘な文章を書く場を与えてくださった北川編集長に感謝申し上げます。

2016年6月17日金曜日

【最終回】 人外句境 40   [角川源義] / 佐藤りえ



月の人のひとりとならむ車椅子  角川源義




掲句は作者晩年の一句で、入院中の病棟屋上で月を眺めた折のことを詠んでいる…という情報は、「俳句研究」86年8月号の角川春樹氏による『卒意の俳句――角川源義の晩年』から得た。
月の人といえば「竹取物語」の月の都の住人を念頭に置くことになろうか。二句一章専心、景も大きく迫力満点、ぐぐっ、という擬音が似合うような源義の句柄とは少々かけ離れた印象を受ける。「ひとりとならむ」が推量なのか希望なのか、いずれのようにも取れながらも、あくまでそう「願っている」ように見えるのは、助動詞のはたらきではなく、月に対して我々が無意識下に持っている畏怖の念からくるのではないか、と思う。山本健吉の「定本 現代俳句」に『「月の人」は俳句では「月の客」「月の友」同様に「月見の人」を意味する』云々の記述があるが、そこでも後述されているように、「月の人」を月見客の表現の一とするのはかえって特殊すぎる。幾人かの月見のひとりとして…という読みも成立するといえばそうだろうか、しかしそれでは「ひとりとならむ」が大袈裟だ。

竹取物語において「月の人」は不老不死であるとともに「物思いもない」とされている(これが政治への批判を意図する…といった説はここではひとまず置く)。高畑勲監督のアニメーション映画「かぐや姫の物語」でも、迎えに来た使者に羽衣を着せられた途端、かぐや姫から育ててくれた翁・媼への思慕の念が消えてしまう描写があった。惑いのない心境とはどんなものだろうか。煩悩にまみれた一般人にとっては、理想郷のようでもあり、味気ない世界のようでもある。
「月の人」になれたらよかろう、と車椅子の一人は思っているのだろうか。あるいは、自身はすでに月の人のようなものである、つまり、此の世を去りゆくところだ、という感慨なのだろうか。

景も大きく迫力満点、ぐぐっ、という擬音が似合う、と書いたが、私自身が好きなのは、作者の以下のような句である。

ロダンの首泰山木は花得たり  『ロダンの首』 
百日紅縁者を埋けて帰り来る 
コロンバンと見さだめ春の夜となりぬ 
冬波に乗り夜が来る夜が来る  『秋燕』 
水すまし沼の独語を生れつげり 
中年の顔奪はるる泉かな 
ひつじ踏めば姨捨の海喪の色す

「コロンバンと見さだめ春の夜となりぬ」は、ああ、あれは野鳩(コロンバンはフランス語の野鳩)か、と暮れかかった春の空を行く鳥を遠く見ている景。初句最終音の「と」が結句の「と」と呼応して、軽やかなリズムを持つ。音と表記と内容のウェイトがスモーキーに釣り合った、美しい句である。「冬波に乗り夜が来る夜が来る」は補陀落渡海を詠んだ一連の作。音も、含意も恐ろしい。句材を離れ、独立して読んだにしても、「夜が来る」のリフレインが真言めいて聞こえてくる。


〈『角川源義全句集』1981/角川書店〉

2016年5月6日金曜日

人外句境 39  [寺山修司] / 佐藤りえ



旅鶴や身におぼえなき姉がいて  寺山修司


あくまで「旅鶴」ということばに引きずられながらの連想ではあるけれど。旅籠の自室に戻ろうと襖をあけた途端、「おかえり」と言って迎える女が室内にいたとする。面食らって立ち尽くす自分をよそに、女は楽しそうに他愛のない話をまくしたてる。話の途中で女が「姉さんだって」などというのが耳にひっかかる。そうだ、俺には姉がいたのだ。この部屋で姉とふたり、今朝まで暮らしていたんじゃないか――。

漱石の『夢十夜』にも、背負われた子供が、道中、負うた男の前世の子殺しを咎めだす、という話がある。どこの誰とも知れぬ存在が、既知のはずの身内として現れる、というのは古典的な状況設定のひとつといえる。

寺山修司においての「見知らぬ身内」は概念としての存在のようでもあるし、舞台装置のひとつひとつのようでもある。父・母・姉・妹・弟・伯父…といった親族がぽつりぽつりとあらわれ、薄暗がりに浮かび上がる。彼岸の者も未生の者も等しく存在しうる世界が、作者の今いる世界である。

 外套のままのひる寝にあらわれて父よりほかの霊と思えず
 間引かれしゆゑに一生欠席する学校地獄のおとうとの椅子
 まだ生まれざるおとうとが暁の曠野の果てに牛呼ぶ声ぞ

 午後二時の玉突き父の悪霊呼び 
 暗室より水の音する母の情事 
 いもうとを蟹座の星の下に撲つ 
 枯野ゆく棺のわれふと目覚めずや

『寺山修司コレクション』に再録された岡井隆の文章に、こんな一節がある。

 寺山修司の文学には、
 〈なってみる〉
 という要素がつよかったのではないか。(中略)
 〈なってみる〉という時の見る人は、誰なのか。やはり、そう〈なった〉自分であろう。自分で、自分の成りかわったすがたを〈見る〉のである。そこに余裕がある。(中略)ひたすらに、なにものかに化ける執念を、横目でみながら、イナしている。そこに含羞がある。

寺山修司の作品が私性の話題に及ぶとき、この「私」の入れ子構造が、我慢ならない人にとっては我慢ならない仕組みなのだろう、と思う。掲出句でいえば、身に覚えのない姉がいる「私」の狼狽を見ている「私」の存在がある。“て止め”によってあぶり出された、緊張感をたたえた「姉と私の場面」を、「私」は読者と一緒に見ている側にいる。



〈『寺山修司コレクション1全歌集全句集』思潮社/1992

2016年4月21日木曜日

人外句境 38  [曾根毅] / 佐藤りえ



立ち上がるときの悲しき巨人かな  曾根毅

「巨人」はこれまで扱ってきた「人外」のなかではちょっと特別な存在である。「擬人化」という言葉があるが、「巨人」は「大きすぎる人」であり、人になぞらえるどころか、大きさ以外の要素は人と同じであるように考えられがちである。神話・伝承に残る彼らの情報は、地形を作った、などの大きさを活かした特殊なことを除けば、山にすわった、川で足を洗った、など(スケールを除き)人間の行動と大差ないものとされている。

その「大きさ」というたったひとつ(ではないだろうけど、もっとも特異なところ)の異質さを、大きさゆえに、彼らはひとびとの目から隠すすべもない。

立ち上がるとき、と書かれているが、巨人はきっと立ち上がる以前も悲しい。敢然と立ち上がるとき、その大きさはより際立ち、見るものを圧倒することを、巨人は知っている。

地面に拳をつき、踵に力を入れる、動作の瞬間の、悲しみのきわまりを描く掲句は、やさしく悲しい響きを持っている。



掲句は句集『花修』冒頭に置かれている。編年体の句集なので、一冊の中では作者が最初期に詠んだ句、ということになる。本の冒頭に作者の本質が表れる、などと軽々に言いたくはないが、この作者のえがく、薄闇の気配をまとったような作品群と巨人の「悲しさ」には通底するものがあるように思う。


暴力の直後の柿を喰いけり
白菜に包まれてある虚空かな
我が死後も掛かりしままの冬帽子
山鳩として濡れている放射能
天蓋の燃え残りたる虚空かな
少女病み鳩の呪文のつづきおり
人日の湖国に傘を忘れ来し
春昼や甲冑の肘見当たらず
殺されて横たわりたる冷蔵庫
祈りとは折れるに任せたる葦か

暴力の直後の柿を喰いけり」は暴力の余韻を十分に曳く佳句。この句のように、事象の「瞬間」でなくその「のちのこと」を予感し、また、前後の時間を思わせる「言葉の経過」を持つ句も印象的だった(「我が死後も掛かりしままの冬帽子」「天蓋の燃え残りたる虚空かな」「人日の故国に傘を忘れ来し」など)。「殺されて横たわりたる冷蔵庫」など、暴力も含めた力の行使の果ての変容といったものも主題の底に流れているのだろうか。

山鳩として濡れてゐる放射能」集中にはセシウム、マイクロシーベルトといった語彙により、福島第一原子力発電所の事故による災禍を間接的に詠んだ句もあった。実際のところ、こうした言葉が作家自身、また読む者にとって「詩語として」共有できるようになるのか、現在すでにそうなっているのか、は判断が難しいところであると思う。放射能が「山鳩として」濡れているという表現は、放射能を「山鳩として」捉えている、ということでもある。言葉の世界のなかでそれら目にも見えないものを単に「言葉を使って」あらわすのではなく、捉え直し、形を与えようとする意思がよく見える。世界を「捉え直す」という、言葉、ひいては詩の本来の役割について、改めて考えさせられる。

〈『花修』深夜叢書社/2015)

2016年4月14日木曜日

人外句境 37  [御中虫] / 佐藤りえ



今晩は夜這いに来たよと蛸が優しい  御中虫


『俳壇』の特集「妖怪百句物語」に寄せられた一連「蛸」からの一句。蛸とエロの掛け合わせといえば葛飾北斎『蛸と海女』が浮かぶが、この蛸は礼儀正しく、なるほど優しそうだなと納得して戸を開けてしまいたくなる。蛸がどうしたこうした、と細かなことを言わず「優しい」とほのめかされていることで、助平心が嫌が応にもくすぐられる。

「蛸」という、意思はありそうだけど感情が読めそうにもない生物に優しさを感受する、特殊すぎる状況なのに涙ぐましいほどに多幸感が溢れている。異常×異常=多幸、と駄洒落を言っているわけでなく、麻痺した幸せに包まれているような句だ。

特集では他に諸家のこんな作品が並ぶ。季語ということもあるためか、雪女の登場率が高めだった。

宗教に入ってしまう雪女  塩見恵介 
こんな顔でしたか月を闇籠めに  太田うさぎ 
くも に とぶ べむ べら べろは このは かな  高山れおな

御中虫氏の他の句群にも、異様なテンションのさきに阿片チックな境地が望めるものがある。

茶碗持つたまま夢のなかに来た  
『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』 
どつと笑ひながら出る胡麻の一粒で悪ひか 
じきに死ぬくらげをどりながら上陸 
関揺れるさうかそつちが死の淵か 『関揺れる』 
こんな日は揺れたくなるなと関は言った  
関揺れる人のかたちを崩さずに 
「揺れたら関なの?」「じゃあ私も関」「じゃあ俺も」

じきに死ぬくらげをどりながら上陸」サイケデリックな空模様を背景に、なぜか手足の別を持ったクラゲが阿波踊りよろしく集団で浜辺に現れる様子が生き生きと脳内再生されてしまう。
関悦史さんが揺れる=「関揺れる」を「季語として」、2012年2月24日にツイッター上で一気呵成に詠まれた「震災俳句」を編んだ句集『関揺れる』は、呼吸、緩急が「関揺れる」を軸として縦横無尽に繰り広げられる、見事な独吟だ。興行の様子をリアルタイムで見る事ができなかったのは残念だが、一冊にまとまり、本として読めるのは意義深いことと思う。

ところで今回の選句は実は孫引きである。歌人・飯田有子氏がおよそ年一で発行している文芸誌『別腹』8号に、石原ユキオ氏が寄稿した「妖怪俳句ウォッチ」の中で掲句が引かれていたのだ。記して感謝したい。なお、石原氏じしんも「憑依俳人」を自称し、こんな俳句を作っている。

ピノキオに精通のある朧かな  石原ユキオ
背負はれてきつと花野に捨てられる

〈『俳壇』2011年8月号/本阿弥書店〉

2016年4月7日木曜日

人外句境 36  [佐怒賀正美] / 佐藤りえ



脛毛なきロボット登るかたつむり  佐怒賀正美

かたつむりがロボットの脚を登ってゆくところ。ロボットの肌というと銀色のもの、またジュラルミンなどと素材を特定したくなるのは古い思い込みのせいである。
かたつむりにとっては登るものが有生物か無生物か、などといったことは知ったこっちゃないのだろうな、とは思いつつ、脛毛のない平滑な脚と軟体との対比が何とはなし明るい虚無を感じさせる。

咳の少女負の放物線画けば鮫     『青こだま』 
胸つきだして春の時間を舞ひすすむ 
白南風やひらけば浅き辞書の爪 
爆発をしない塊白鳥は      『椨の木』 
観音の下ろさぬ千手天の川 
人眠る頃のさくらの修羅の相 
色鳥ほどや縁起書の乎古止点       『悪食の獏』 
世界中トースト飛び出す青葉風 
春障子宇宙の渦に立ててあり 
ロボットは無季と蔑【なみ】されとぐろ巻く

佐怒賀氏の作風は、宇宙から古代まで自由で幅広い句材を、屈託なく且つ地球から軸足を外すことなく、真地球人(などという言葉はないので勝手に書いております)としての自覚、とでも名付けたくなるような、確たる重心を持ってあらわしているところに特異さがある。
『青こだま』のあとがきには「感動の対象が現実であれ仮構であれ、基本的にはその詩的真実の有り処をたずね、できる限り具体的で明確なイメージ化を心がけた(前後略)」という記述がある。句群を読んで後、然り、と思える一文である。

「胸つきだして春の時間を舞ひすすむ」は虚子の「春風や闘志抱きて丘に立つ」に対して、より軽やかにプログレス魂を見せた句となっている。「世界中トースト飛び出す青葉風」は、国から国へ、日付の変わる順にトーストをポップアップしていくトースターの画が脳裏に浮かぶ、楽しい句である。

〈『俳句』2014年8月号/角川文化振興財団〉

2016年3月3日木曜日

人外句境 35  [芥川竜之介] / 佐藤りえ


行く春や踊り疲れし蜘蛛男  芥川竜之介

蜘蛛男を字面だけ見ていると昭和の現代っ子はすぐに戦隊物や仮面ナントカなどのテレビ番組の怪人を思い浮かべてしまうかもしれない。そうではなく、ここでいうのは蜘蛛に親しみをこめた尊称での「蜘蛛男」であろう。別な蜘蛛と争った果ての「疲れ」なのか、巣を拵えた後の「疲れ」なのか、動きに動いたすえの姿を「踊り疲れ」ととらえたのではないだろうか。とはいえ、怪人・蜘蛛男がハツラツと踊っていたら、それはそれでおかしくも絵になる眺めである。

「余技は発句の外には何もない」は知られた一文である。実際に芥川竜之介の残した俳句は執拗だったり自由だったり、読み進めていくとこんなこともやってるのか、と驚かされるところがある。

蝙蝠の国に毛黴は桜なる
稲妻にあやかし船の帆や見えし
夕立や我は真鶴君は鷺
茨刈る手になつかみそ蝸牛
万葉の蛤ほ句の蜆かな
クーリーの背中の赤十字に雨ふる
かげろふや猫に飲まるる水たまり
象の腹くぐりぬけても日永かな
迎え火の宙歩みゆく竜之介

「夕立や我は真鶴君は鷺」には「妓の扇に」の詞書が、「茨刈る手になつかみそ蝸牛」には「即興」の詞書がある。自由律の句作もあり、洋行の折に詠んだであろう「クーリーの背中の赤十字に雨ふる」のような新しい言葉を積極的に取り入れた句もある。挨拶も盛んに、菊池寛や井月を詠み込んだ句もある。「万葉の蛤ほ句の蜆かな」は書簡に書き留められた句ということだが、江戸っ子・芥川の俳句観が端的に表れた一句なのではないかと思う。


※作者名表記は底本に依る
〈加藤郁乎編『芥川竜之介俳句集』(岩波書店/2010)〉

2016年2月25日木曜日

人外句境 34  [櫂未知子] / 佐藤りえ



てのひらに蝌蚪狂はせてみたりけり  櫂未知子

幼い頃、屋敷といってよいぐらいの広い家に住む子の家に遊びに行った。敷地のなかにある池には毎春蛙がたくさん卵を産む。それを引きずり出しては遊び、生まれたおたまじゃくしをつかまえては遊び、していた。たくさんいれば、蝌蚪を捕まえるのは容易なことだった。掌にいっぴきすくい上げてみると、水分を失っていくそれは確かに狂ったように身をよじらせ、てのひらで藻搔いていた。
生き物の動作、所作に意味を見出すのはいつも人間の側である。死んだふりをしたり、体の一部を失って逃げるなどの行動に、生物にとってはそれ以上以下の意味はない。動きの思わぬ激しさに狂気を感じるのは人間のほうである。

佐渡島ほどに布団を離しけり
ストーブを蹴飛ばさぬやう愛し合ふ
経験の多さうな白靴だこと
火事かしらあそこも地獄なのかしら

作者には上記のような激しさを感じさせるような作品が多数あるが、下記のような作品に、激しさと同時に抱えられた繊細さを感じることができる。

ぶらんこは無人をのせてゐるらしく
八百政の隅で遊んでゐるメロン
さびしさうだから芒を三つ編みに
日記買ふ星の貧しき街なれば
雪まみれにもなる笑つてくれるなら
ひばりひばり明日は焼かるる野と思へ

「八百政の隅で遊んでゐるメロン」個人商店ぽい名称の八百屋の隅で、売れないメロンを見ている視点。遊んでいる、は売れ残りに対しての救済ともいえる。「ひばりひばり明日は焼かるる野と思へ」は、「ここもそこも焼かれるべき野である」と捉えられるとするなら、田畑、山野を焼く農業従事者だけのものではなく、季語「野焼」を現代へ委譲していく姿を、生き急ぐべし、というメッセージとともに見せているように思う。
〈『櫂未知子集』(邑書林/2003)〉

2016年2月18日木曜日

人外句境 33  [青山茂根] / 佐藤りえ


箱庭にもがきし跡のありにけり  青山茂根

「箱庭」は夏の季語であり、名所名園の模型という意味合いもあるが、いわゆる「箱庭療法」に用いられるものも存在する。掲句ではどちらの意味として捉えても問題ない、というか、同じ問題を共有できるのではないかと思う。

箱庭の庭部分なのか、砂場のような場所なのか、そこに何かが藻搔いてつけたような跡がある。均され整えられたなかに、乱れた箇所を見つけている。ミクロな箱庭の世界にも、逃げ出したい、または逃げ出した者がいる、ということなのか。その「乱れ」に気づいた観察者の裡にも、確かに「藻掻き」の源泉が潜んでいるのだろう。

『BABYLON』は作者の所属する「銀化」主宰・中原道夫による瀟洒な装幀と、世界中を経巡る精神を表出した作品とにより、独特な風のような感触を残す句集である。

毛虫には焰の羽根を与へむか
らうめんの淵にも龍の潜みけり
葡萄にもしづかなる脈ありにけり
凍てつかぬための回転木馬だと
銀河系くらゐのまくなぎと出会ふ
靴脱いでありぬ巣箱の真下には
湯豆腐に瓦礫ののこる寧けさよ
浴槽の捨てられてゐる海市かな

「凍てつかぬための回転木馬だと」はパリ市中に数多あるという街頭の回転木馬を思い浮かべた。楽しさも寒さも遠心力で吹き飛ばす。「湯豆腐に瓦礫ののこる寧けさよ」ここでいう「瓦礫」はガザのものだろうか、いずれにしろ紛争地帯を想起した。湯豆腐鍋の崩れなかばの食材に遠国の瓦礫を透視している。

〈『BABYLON』(ふらんす堂/2011)〉

2016年2月11日木曜日

 人外句境 32 [鴇田智哉] / 佐藤りえ



風船になつてゐる間も目をつむり  鴇田智哉

子供心に風船は祝祭の象徴のように思っていたが、犬の形をした(紙テープの四肢がある)散歩させて遊ぶ風船や金銀とりどりの巨大な風船など、近年の発達したものを見ていると、もはや「そのもの」にはさして意味はないのかもしれない、などとも思う。

掲句のものはごくごく普通の、人が息を吹き込んで膨らますゴム風船と捉えて読んだ。「風船になつてゐる間も」ということは、そうでない時も目をつむっている時がある、ということになる。そうでない時も、常に、という可能性もある。
風船になるってどういうことだ、という問題と、そうでない時も目をつむっている、ってどういうことだ、という問題、ふたつの問題が句のうちに内包されている。後者のほうがより重大なことに思われる。重大なことが、するりと語られてあとをひかないのが、この作者の特長なんじゃないかと思う。

ひなたなら鹿の形があてはまる
いきものは凧からのびてくる糸か
あふむけに泳げばうすれはじめたる
めまとひを帯びたる橋にさしかかる
人参を並べておけば分かるなり
鳥が目をひらき桜を食べてゐる
いつからか骨あるかほや雨の森

特に「ひなたなら鹿の形があてはまる」「あふむけに泳げばうすれはじめたる」「人参を並べておけば分かるなり」などの主格を欠いて提示されているように見える句の感触は、広瀨ちえみ、樋口由紀子、なかはられいこら川柳作家の作品の読後感になにやら近い。

このバスでいいのだろうか雪になる  広瀬ちえみ 
ラムネ壜牛乳壜と割っていく  樋口由紀子 
痛む箇所 線でつないでゆくと魚  なかはられいこ

これら川柳と掲句に共通するのは句の中で「何が行われているか」は明らかだが「なぜか」は明示されていない点である。5W1Hのなかの「What」と「How」だけが作り出す、具体的でありながらモーローとした世界がそこにある。

〈『凧と円柱』(ふらんす堂/2014)〉

2016年2月4日木曜日

人外句境 31 [岸本尚毅] / 佐藤りえ



とけし顔胴に沈みぬ雪達磨  岸本尚毅

日本の雪ダルマは二段だが、西洋の雪ダルマ(名称も「雪人」だったり「雪男」、スノーマンだったりする)は三段が多い、というトリビアはだいぶ巷間に広まっているのではないだろうか。広景の『江戸名所道戯尽』にはもっと造型が達磨然としたものが見られるが、馴染みの雪ダルマは、白い雪玉を重ね目鼻をつけたものである。

積雪の後、晴れた往来に溶け残る雪達磨を見かけるのは楽しくてちょっと悲しい。なぜ悲しいのかというと、人型に作られながら、溶けることを余儀なくされる彼ら・雪達磨の存在が、すでに制作者たちに忘れ去られているように見えるから、ではないだろうか。「沈みぬ」が質量と時間を十分に表し、大きなダルマだったんだろうな、と胸が痛む思いを誘う。
日当たりのよい頭部から失われていくもの、バランスを失って崩れ落ちていくもの、誰に看取られることもなく、様々の最後が家家の軒先で遂げられていくのは「雪の生贄」といったら言い過ぎだろうか、考えすぎか。

『小』を読んでいると、能狂言でいうところの摺り足のような筆致、文体がじわじわとしみてくる。書かれる対象への「近寄り方」が摺り足がちなのだ。

春めくやどこへゆくにもこの姿
春になり面白くなり嫌になり
うたかたにして白々と氷りたる
なめくぢの頭の方がやや白し
硝子戸を開けて網戸が顔の前
湯たんぽを夜毎包める布あはれ
海いつもどこかが動きゐて涼し
人間は弁当が好き冬の雲

「春になり面白くなり嫌になり」、木の芽時のウキウキした感じと背中合わせの物憂さ、また盛り上がれば盛り上がるほどに比例して大きくなる「醒めた感じ」が、音韻のうねりでひとつの線上に連続して置かれ、おもしろうてやがて哀しい。「うたかたにして白々と氷りたる」池か、川か、湖か、氷った水の、かつて泡であった空間の方を見つめている。「…にして」の持つ〈時間〉(…にして、しかも)が冷気を伝えてくる。
〈『小』(KADOKAWA/2014)

2015年12月31日木曜日

人外句境 30 [高山れおな] / 佐藤りえ



初夢に踊り狂へり火星人  高山れおな

「初夢」が正月の大晦日から新年三日ぐらいのあいだに見る特別な、運勢を占う夢としてひろまったのは江戸時代ごろというが、起源ははっきりしていない。一富士二鷹三茄子、は家康の好物である、などという俗説も巷間には唱えられているようだがそれも定かなものではないようだ。さらに言えば、「宝船の絵を枕の下に敷くといい夢が見られる」ことは初夢とは別に発達(?)した風習なのだという。いろいろな思惑が組み合わさり、睦月二日の夜から三日の朝にかけてよい夢を見て、一年の幸運を得るために、宝船の絵を枕の下に秘す、というのが現在のスタンダードなまじないの一連だろうか。

掲句では、火星人が踊り狂っているのだという、初夢で。これはいったいどんな卦が読み取れる夢なのか。踊り狂う、と表されるその踊りは、ゴーゴーダンスのようなものだろうか。火星人のビジュアルはやはり『マーズ・アタック』に登場するような(というよりはほぼH・G・ウェルズ『宇宙戦争』のせいと言うべきか)おなじみのタコ型なのだろうか。地球人の夢が地球の事象に限定される謂われはない。なのに我々は現実空間に縛られすぎている。それにしても、これは途中で飛び起きてしまいそうな夢である。

句集『ウルトラ』には他にもラジカルな夢にまつわる俳句が登場する。「チチョリーナ」は世界初のハードコアポルノ女優出身の国会議員として90年代当時何度もニュースに登場した人物である(ググってみたら御年64歳とのこと)。

 昼寝せば額に釘打たるる恐れ 
 白鳥の首つかみ振り回はす夢 
 大根の畑を夢で拡げけり 
 チチョリーナの夢に見られて沖膾 
 早馬が夢の花野を過りけり

句集題『ウルトラ』は文字通りの「超」の意味はもとより、フランス王政復古期の極右反動の一派「超王党派」を意識しての命名である、とあとがきにある。超王党派の“天晴れな現実無視と時代錯誤の精神”とは、現代俳句そのものをある側面からまったく等身大に言い表しているように思えてならない。

〈『ウルトラ』沖積舎/1998所収〉

2015年12月24日木曜日

人外句境 29 [竹久夢二] / 佐藤りえ



チルチルもミチルも帰れクリスマス  竹久夢二

メーテルリンクの戯曲「青い鳥」は童話として親しまれているが、主人公のこどもふたりが青い鳥を探して巡るのは「記憶の国」「夜の宮殿」「墓の国」「森の国」といった暗示的なところで、冒険譚というよりは、もうはっきり哲学的な設定が色濃い。

掲出句では夢二本人がそれら国の住人となり、ふたりのこどもに帰宅を促しているようにも見える。「どこまで行っても幸福はないから帰れ」なのか…とは、物語の「鳥」を幸福のメタファとして限定しすぎた解釈になろう。進取の気性に富んだ夢二にして、そのようなオチをつけるのは違う気がする。自らのアメリカ進出の失敗を重ね合わせて…などと言っていくと、より道をはずれていきそうだ。ここは、クリスマスなんだから、家でお菓子を食べなさい、と言っているぐらいに取っておきたい。

「夢二句集」は竹久夢二伊香保記念館が発行した、夢二の全句をほぼ編年体で収録した一冊。掲出句は結核を患い入所した、富士見高原療養所での最晩年の作になる。

 押へれば花はなせば胡蝶かな 
 淋しさは牛乳壜のおきどころ 
 パレットに蛭のおちきて染りけり 
 今は昔星と菫があつたとさ 
 ふりあげし袂このまゝ羽根となれ 
 来て見れば拙(まづ)い男よ富士の山 
 梅の木はどこから見ても漢字なり

「押へれば花はなせば胡蝶かな」女性のことを詠ったと思われる作。「今は昔星と菫があつたとさ」は明星派への皮肉のようにも受け取れる。「来て見れば拙(まづ)い男よ富士の山」は「黒船屋」発表後の充実期、富士登山の折に詠んだもの。詩情ただようものからこうしたおどけた調子のものまで、多様な句を残している。

〈『夢二句集』竹久夢二伊香保記念館/1994所収〉

2015年12月17日木曜日

人外句境 28 [小川軽舟] / 佐藤りえ



夕闇に冷蔵庫待つ帰宅かな  小川軽舟

一人暮らしの部屋にひとりで帰る。留守宅で待っていてくれる家財道具のうち、冷蔵庫はもっとも頼もしい存在と見なしてよいと思われる。一人暮らし用ではさほど巨大ではないかもしれない(2ドア、140センチほどの製品もあるし)が、通電して食品を冷やしていてくれること、人並みの大きさと存在感を有していること、扉を開ければ庫内灯がともることなど、実に頼りがいのあるものである。ここでの「冷蔵庫」は擬人化とみなすより、そのものが待っている、と受け取りたい。人には無理だが、冷蔵庫ならビールを冷やしていてくれる。腹の中で。

『掌をかざす』はふらんす堂のホームページ上に掲載された俳句日記をまとめた句集である。この日記は一日一句ずつ、きっちり365日更新されていくもので、2007年の東直子氏の短歌日記を皮切りに、年替わりで歌人・俳人が担当している。

句集の構成はホームページ掲載当時のままに、ページごとに一句とその日の短い日記が綴られている。こうした構成により、小川軽舟氏が当時単身赴任の独居であったこともわかった。句集からもう少し句を引く。

 爆竹を痛がる地べた春近し 
 梅散つてこの世のどこか軽くなる 
 白梅や死んでから来る誕生日 
 暗闇は光を憎みほととぎす 
 虫しぐれスターバクスの人魚照る 
 人間が人形に見ゆ冬の雨

「爆竹を痛がる地べた春近し」は春節の日の句。「白梅や死んでから来る誕生日」は虚子忌に詠まれた句である。「人間が人形に見ゆ冬の雨」は四谷シモン展を訪ねた日の一句。日記の記述と俳句との距離感もさまざまである。ページ一句組みの句集とはまた違った、歩調をゆるやかに読むことができる本である。

インターネットが一般に普及した、その開始時期をいつからと考えるか、定説といっていいほどに時期が定まっているとは思えないが、常時接続が広まった2000年代はじめ頃から、と考えたとしても、すでに10年以上の月日が流れている。通信速度の高速化、大容量化は進んだが、それによって詩歌の表現や伝播方法が大きく変質したのかというと、そうでもないのではないか、と、実感に照らし合わせて考える。

情報量が増えたとはいえるが、詩歌の見せ方そのものはインターネット黎明期と大きく違ってはいないのではないか。特に新しい技術を要しているわけではない、短歌日記、俳句日記といったコンテンツが今成り立ち、紙の本へとゆるやかにつながりを見せているのは、毎日更新する、という書き手と編集側の地道な努力によって培われているものである。
何ができるか、どうするか―と、「何を見たいか」が如何に噛み合うか、なのだろうか。短歌日記、俳句日記には即時性と一貫性の綾があると思う。

〈『掌をかざす』ふらんす堂/2015所収〉

2015年12月10日木曜日

人外句境 27 [藺草慶子] / 佐藤りえ



たましひも入りたさうな巣箱かな  藺草慶子

何年か前の夏、短い避暑として清里高原を訪ねた。清泉寮に泊り、翌朝は周囲の自然歩道を散策した。歩道から見える森の中だけでなく、施設の近辺にもリスや野鳥のための巣箱がちょいちょい設置されていた。8月なかばでも標高1300mの朝夕はかなり涼しい。掲句を見て思い出したのは、高原の森のかたすみに設えられた巣箱だった。

いつか自分のたましいが入ろうというのか、そのへんにただようたましいが入ってしまいそうに居心地のよさそうなものなのか。たましいの「容れ物」としての巣箱は静かな空間を思わせる。鳥のなかには以前の住人(住鳥か)の巣材が残っているところには巣作りをしないものもいる。空き家が増加し続けるかつてのニュータウンに住む身からすると、人間の「巣」は地上の愚かな残骸だよなあ、という思いがする。

掲句の収録されている 『櫻翳』は今年刊行された著者の第4句集。静かな視線が投げかけられ、五感の用いられ方がじわっと後からきいてくる印象がある。句集からもう少しひいてみる。

 十人の僧立ち上がる牡丹かな 
 わが身より狐火が立ちのぼるとは 
 納めたる雛ほど遠き人のあり 
 火の映る胸の釦やクリスマス 
 額づけば海の匂へる踏絵かな 
 白靴や奈落といふは風の音

「わが身より狐火が立ちのぼるとは」あまり驚いていないように見えるところが愉しい。何かが出そうで、出たと思ったら狐火だった、まあ、ぐらいの肝の据わった感がある。「納めたる雛ほど遠き人のあり」、憧憬、距離感の喩として年に一度取り出す「雛」が用いられている。ここでの「雛」は不滅の存在でもあるように思う。

〈『櫻翳』ふらんす堂/2015所収〉

2015年12月3日木曜日

人外句境 26 [髙橋睦郎] / 佐藤りえ


大凧の魂入るは絲切れてのち  髙橋睦郎

畳一畳、とまでいかなくとも、大ぶりの凧を上手に揚げるには力とコツが要る。紙であるのに、上手にあがった姿はおのずから自由に動いているふうにも見える、凧は単純にして愉しい遊びである。
おのずから動いているふうに見える、けれども、凧の魂が呼び覚まされるのは、糸が切れ、人間の力の及ばぬところとなった後だという。重力にしたがってあとは落ちるばかり、そこに凧の自由?がある。落ちるばかりなどというのは、人間の側の小賢しい見方であって、凧揚げなどというものは、そもそも人間側は「揚げさせていただいている」のかもしれない。空に行かねばならぬ、という、凧の意思に操られているのはこちらの側ではないのか。

『稽古飲食』は前半部分が句集『稽古』、後半部分が歌集『飲食』となっている句歌集である。飲食にまつわる短歌のみの歌集『飲食』を上梓しようとしたところ、安東次男氏のすすめにより句集と対にする仕儀となったことが巻末の「佯狂始末」に綴られている。
句集部は八百万の神を引き合いに出すまでもなく、あらゆるものの声が、昼夜も明暗もいとわず、そこかしこから聞こえてくるような、季感と人事の間隙をすくいとったような句が並ぶ。「何」とも名の知れぬ、この世のものかどうかもわからない何者かの気配が、読み進む合間にすっ、と感じられる。

黴の秀の靡きに二百十日來る 
山梔子のくたるるもなほ奢りかな 
ななくさや落ちて暗渠の水のこゑ 
世阿弥忌のこの波がしらいづくより 
大甕に湛へて後の無月かな 
早乙女が足もてさぐる泥の臍

一方、歌集部は悉くデモーニッシュな世界がつらぬかれ、濃味についついページがすすむ。

うちつけに割つてさばしる血のすぢを鳥占とせむ春立つ卵
食慾も性慾も過ぎずは浄し然言へ過ぐるゆゑ慾とこそ
飲食の入り來る道の反(かへ)りをば出で行くなれば腥し言葉
蓮食ひのうからならねどこの頃や穴(あ)開きしごと繁(しじ)に忘るる

一冊の書物の、前半と後半のコントラストの妙を味わう、などという生易しい惹句が跳ね返されてしまいかねない、しかし何か癖になる、中毒性のある本である。

〈『稽古飲食』不識書院/1988〉

2015年11月5日木曜日

人外句境 25 [岡田幸生] / 佐藤りえ


春の簞笥の口あけている  岡田幸生

春になったら更衣だ。かさばる冬物たちが取り出され、 簞笥の引き出しは束の間空洞化を許される。

あるいは、単に慌てた主人が閉じ忘れた引き出しなのかもしれない。

またあるいは、引越の際、引き出しを外して先に運び、最後の大物として担ぎ出されるのを待っている、 簞笥本体の姿を描写しているのかもしれない。

春の簞笥が「口」をあけているのは、そういうことなのではないか。

主に不動の、壁の一部ともいえる、いつでもそこにいてくれる家具としての簞笥への安心感が意識されずとも我々にはある、と思う。

だからなのか、この簞笥はねむっている、とも思う。束の間の午睡。人気のない春の部屋で、 簞笥が眠っていてくれる。

 春雲の詰まったような簞笥より妻の下着を探しておりぬ  吉川宏志『海雨』

春と簞笥、という二つのキーワードから思い出した短歌を添える。こちらは手術、入院した妻の着替えを探す夫の歌。「春雲の詰まったような」とは、はにかみと戸惑いをなんとも上品に表している。「妻の下着」という不可解が、 簞笥のなかにひねもすのたり、と詰まっていたのである。

「 簞笥」と春がかように響きあう存在であることを、ふたつの詩歌が教えてくれる。

〈『無伴奏』ずっと三時/2015〉

2015年10月29日木曜日

人外句境 24 [林望] / 佐藤りえ


回送電車軽々と行く秋の夜半  林望

すべての乗客が降りた後、車庫にしまわれるべく「回送」の表示を掲げ、ホームを出て行く電車。さっきまでのすし詰めが嘘のように、向こう側の座席や窓がよく見える、がらんと見通しのいい車両はいかにも軽そうだ。

「軽々と」の措辞が、ほんとうに軽い、重さからやっと解放された…といった趣を感じさせて、実は「質量のないひと」がびっしり乗ってるんじゃないか、という深読みを抱いてしまった。

酔っ払いや、騒々しい学生や、おしゃべりの堪えない女子や、駆け込み乗車をするものや、傍若無人な人間たちが跋扈する、混み合う車両を避けて、物理的に重量を持たない方たちが、ヤレヤレ、と乗っていくのが回送電車の車列なのかもしれない、なんてことを思うのは、秋の夜長の妄想に過ぎない。

〈『しのびねしふ』祥伝社/2015〉

2015年10月22日木曜日

人外句境 23 [車谷長吉] / 佐藤りえ


草餅を邪神に供へ杵洗ふ  車谷長吉

邪神に草餅を供える。どのようなよこしまな神かわからないが、供えるものとして草餅、はどこか素朴で愛らしい。真摯な願いなら白い餅でよいのではないか。悪鬼が相手なら生贄として生き物やら生血やらが喜ばれそうなものでもある。

しかもその餅は杵と臼で手つきされたものらしい。念が入っているのか、真剣なのか、巫山戯ているのか。杵を洗う男の背中はゆるぎなく、笑っていいのか怖れていいのか戸惑う。

農村においては草餅は年中行事などに関わりなく、よく作られる。食事を神仏に供えるように、もらい物や初物をまずはほとけさんに、という時に、異形の邪神がひっそりその端にいるような、微妙に歪な日常感がにじんでいる。

  中年やメロンの味に胸騒ぎ

同句集にはこのような句もあり、やはり男の胸中はわからないなと思う。

〈『車谷長吉句集』沖積舎/2003〉

2015年10月15日木曜日

人外句境 22 [対馬康子] / 佐藤りえ



国の名は大白鳥と答えけり  対馬康子

ひとつめに浮かんだ情景。

空港の入国審査場で、パスポートをみせながら質問に答えている。ふつう、出身国を問われることはないと思うが、なにかを聞き間違え「ハイ、大白鳥からきました」ときっぱり答えるひとり。入国審査官の目に、おびえともあこがれともつかない色が浮かぶ。

ふたつめに浮かんだ情景。

小学校の教室で、地理の授業が行われている。机も椅子も丈が低い。低学年の教室のようだ。黒板には見たことの無い世界地図が磁石で貼られている。大きな大陸は七つを超え、細々とした島々は天の川のように北東から南西へ向けて流れている。教師が一つの島を指示棒で指し、この島の名は何でしょう、と問いかける。ハイハイ、と次々手が挙がる。名前を呼ばれたひとりの女生徒が、「ハイ、大白鳥です」とひといきに言う。指示棒のさきの島は、白鳥が翼を広げ今しも飛び立とうとしているかのような形だった。

〈『純情』本阿弥書店/1993〉