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2017年10月11日水曜日

超不思議な短詩237[高山れおな]/柳本々々


  ムーミンはムーミン谷に住んでいる  高山れおな

「ムーミンはムーミン谷に住んでいる」というのはほんとうにそのままであるのだが、しかし、誰かが・どこかに・住んでいる、ということ、誰かが・どこかにいざるをえないということとは、そのことを句にするだけで意味生成の現場になることがある。地政学的感性、と言ったら大げさかもしれないが、だれが・どこに回収されてゆくのかということ。

  無能無害の僕らはみんな年鑑に  高山れおな

「ムーミン」は「ムーミン谷」に〈回収〉されたが、「無能無害の僕らはみんな年鑑に」〈回収〉されてゆく。こうした回収の差異のありかたによって、「ムーミン」が「ムーミン谷」に回収されるというあり方もほんとうに〈そのまま〉であるのかどうかという〈偏差〉が出てくる(ムーミンは俳句にも住み込んでしまっているわけだし)。

この〈回収〉という枠組みでれおなさんの俳句をみてみると、たとえば、

  麿、変?  高山れおな

の句は、「麿」が「変」に回収されるかいなかの瀬戸際というか臨界そのものを描いている句にもみえる。「変」に回収されるかもしれないし、「変」に回収されないかもしれないそのぎりぎりのところを切り詰めた言葉で、それしかいわないようにして、描いている。

こうした〈回収〉への意識は、〈回収〉しえないものたちも呼んでくる。

  げんぱつ は おとな の あそび ぜんゑい も  高山れおな

の、「あそび」としての「げんぱつ」は、「ムーミン谷」にも「年鑑」にも「変」にも〈回収〉しきれない「あそび」としての揺れ動きや余剰のなかで存在しつづける。

  踊る嫁が君(マウス)よ、私が私で、明るすぎる  高山れおな

「踊る嫁が君(マウス)」という揺れ動く〈あなた〉に対して、「私が私で」と即座に「私」を「私」に回収させる「私」。その対立が「明るすぎる」空間としてスパークする。

こうした回収不能性と回収可能性の対立のダイナミックスのなかに「ムーミンはムーミン谷に住んでいる」という句が置かれることによって、回収可能性としてのムーミン句は、実は、回収不能性としての意識も孕んだ句、回収不能性と関係しつづける句だということもみえてくるのではないだろうか。

ムーミンはムーミン谷に住んでいる、という言説ほど質素で過激なものはないかもしれない。

  虚空より紫蘇揉み出すは寂しけれ  高山れおな


          (「Ⅰ おもしろい」『天の川銀河発電所』左右社・2017年 所収)

2015年12月31日木曜日

人外句境 30 [高山れおな] / 佐藤りえ



初夢に踊り狂へり火星人  高山れおな

「初夢」が正月の大晦日から新年三日ぐらいのあいだに見る特別な、運勢を占う夢としてひろまったのは江戸時代ごろというが、起源ははっきりしていない。一富士二鷹三茄子、は家康の好物である、などという俗説も巷間には唱えられているようだがそれも定かなものではないようだ。さらに言えば、「宝船の絵を枕の下に敷くといい夢が見られる」ことは初夢とは別に発達(?)した風習なのだという。いろいろな思惑が組み合わさり、睦月二日の夜から三日の朝にかけてよい夢を見て、一年の幸運を得るために、宝船の絵を枕の下に秘す、というのが現在のスタンダードなまじないの一連だろうか。

掲句では、火星人が踊り狂っているのだという、初夢で。これはいったいどんな卦が読み取れる夢なのか。踊り狂う、と表されるその踊りは、ゴーゴーダンスのようなものだろうか。火星人のビジュアルはやはり『マーズ・アタック』に登場するような(というよりはほぼH・G・ウェルズ『宇宙戦争』のせいと言うべきか)おなじみのタコ型なのだろうか。地球人の夢が地球の事象に限定される謂われはない。なのに我々は現実空間に縛られすぎている。それにしても、これは途中で飛び起きてしまいそうな夢である。

句集『ウルトラ』には他にもラジカルな夢にまつわる俳句が登場する。「チチョリーナ」は世界初のハードコアポルノ女優出身の国会議員として90年代当時何度もニュースに登場した人物である(ググってみたら御年64歳とのこと)。

 昼寝せば額に釘打たるる恐れ 
 白鳥の首つかみ振り回はす夢 
 大根の畑を夢で拡げけり 
 チチョリーナの夢に見られて沖膾 
 早馬が夢の花野を過りけり

句集題『ウルトラ』は文字通りの「超」の意味はもとより、フランス王政復古期の極右反動の一派「超王党派」を意識しての命名である、とあとがきにある。超王党派の“天晴れな現実無視と時代錯誤の精神”とは、現代俳句そのものをある側面からまったく等身大に言い表しているように思えてならない。

〈『ウルトラ』沖積舎/1998所収〉