ピストルをむけたら猫が近づいた 長嶋有
動物と相対して、こちらの思惑がまったく通じないことは、動物を飼っている者にとっては日常茶飯事である。私は猫を飼っていて、長く飼えば人語を解するようになる、と聞かされたことがあるが、そのように実感したことはほとんどない。猫の行動パターンにそって人間が動かされているのが真実だと思う。
ピストルを向けたら、猫がのこのこと銃口に向かって歩いてきた。ふきだしをつけるなら「なにそれ?」とでも言いそうだ。人間の側の思惑からすると、「撃つぞ」とか「ホールドアップ」なので、両手(猫にとっては前脚)を挙げてくれるのが正解だ。かわいく挙げて止まってくれたら、スマホで撮影してツイートして拡散しちゃうかもしれない。
しかし猫にとっては見慣れない物体を近づけられていることにすぎない。ちょっとずつ近寄って臭いを嗅ぐ、威嚇する、などが猫にとっての正解だろう。
そんな思惑の交差、通じ合わなさが掲句ではスッキリと描写されている。起承転結を追ったのち、じわじわとその「通じ合わなさ」が隠し味のようにきいてくる。
〈『春のお辞儀』2014年ふらんす堂所収〉