石割つて血の匂ひせる冬日かな 「呼鈴」
鉄鉱石を含む石ならば、そういう事はあろう。血の匂いとは結局、鉄の匂いだからだ。鉄の発見によって、文明は飛躍的に進歩し、それは同時に戦争の進歩でもある。銅剣に取って代わった鉄剣の利点を思うまでもなく、鉄の発見とは効率良い殺人の発見でもあり、効率良い征服の発見でもあった。
石には良く霊が宿るというが、それは鉱物全般に、その場の雰囲気、或いは磁場、または情報とでもいうべきものを記憶する特質があるからだ。鉱物が動物や植物に比べ、記憶する特質が際立っているのは、恐らく鉱物の自我というものが動植物に比べると極端に希薄であるからだろう。
掲句、血の匂いは、鉄が人類に与えた影響を象徴し、また石に宿っているかもしれぬ霊の記憶を想起させる、或いは石が間近で沁み込ませてきた遙かな流血の記憶かもしれぬ。「冬日」が悲しい。穏やかで、だが地を温めるには到底足らぬ光量である。「かな」で流したのは、人間の業に対する、茫漠たる諦めを表現したのだと思う。
平成十八年作。