官邸囲み少女の汗の髪膚ほか 関悦史
「ケア 二〇一四年六月三〇日・七月一日」(「週刊俳句」第376号、2014年7月6日)より。
集団的自衛権反対デモに取材した十二句の連作の一句である。こういう社会運動を描写した作品は、私の属する結社「鷹」では親しいものであって、その代表は「鷹」創始者・藤田湘子の第二句集「雲の流域」(昭和三十七年、金星堂)に収められた、砂川闘争の連作であろう。「砂川 支援労組の一員として十月十一日早暁より砂川基地拡張反対闘争に加はりたり」という前書付である。
幾つか代表句を挙げると、
鵙の下短かき脚の婆も馳すよ 藤田湘子高度成長期という時代のせいか、或いはインターネットといういわば「渾沌たる正義」がまだ無かったせいか、関悦史と比べると、表現は直截で素直である。
農婦の拍手われらへ激し黍嵐 同
闘争歌ジヤケツがつゝむ乙女の咽喉 同
社会性俳句にどれだけの普遍性があるかという判断は、時間の経過に掛かっているのであって、十年後、二十年後にどれだけ古びるか、どれだけ手垢が付いた類句に埋もれるか、というのが一つの基準であろう。十年後、二十年後なら、まだ当時の状況を理解できるのである。戦後七十年経っても、第二次世界大戦に関わる句が共感を呼ぶのは、まだ当時の経験者が存命し、その語りを聴いた者達が存命しているからである。これが百年後、二百年後となるとまた状況が違って来て、もはや誰も当時の状況を如実に聞いたことがないという場合、残る判断基準は、その句に詩的感興があるかどうかだけとなる。
関悦史は「共感の罠を避ける」(「俳句四季」2015年2月号)と題した攝津幸彦論において、攝津の俳句を『これは俳句が社会を相手取りながらそれに呑まれることなく、「共感」の罠を避けて、詩として斜め上に勝ち上がってしまった稀有な例と言えるだろう。』と記している。攝津のような非意味によるか、或いは幻想的にその本質のみを摑み出すか、或いは藤田湘子のように素朴に直截に詠うか、方法は作家それぞれであろうが、関悦史もまた、社会性俳句が如何にして時の流れに耐え得るかという問題に苦闘していると思う。
さて、掲句であるが、「官邸」という言葉が百年後に理解できるかどうかという点を除けば、充分な詩的感興はあるように思われる。
官邸というのは言うまでもなく、政権の象徴であって、目に見える国家権力である。官邸を囲むのは、決して少女たちだけではないのは、末尾の「ほか」に表わされているのだが、先ずイメージされるのは、少女の群であろう。汗ばんだ、或いは汗だくの少女たちである。少女とは、権力に対して無力な、暴力の世界においては更に無力な者であり、その思春期のほんの数年が永遠のように錯覚されるほど美しい者の謂である。もっと言うなら、「妹の力」、日本では古来、神を降ろす無垢の器として、時に崇められ、時に奉げられた者の謂である。天照大神が女性である事をも想起する。
少女と呼ばれるその者達が、俗世の汚濁に最も塗れねば生きていけぬ政治家という人種の、その代表者の棲家「官邸」を囲む。掲句では、世間的には無力な美しい神々が、世の地獄或いは深淵を囲んでいるのである。(基督教において、悪魔を「この世の君」と呼ぶ。悪魔こそがこの世の君主、という意味である。基督教に限った事ではない。人類史上、常にそうであった。ならば、あらゆる政治家は、その性情が如何に善良であろうとも、職業の性質上、その地位が上がれば上がるほど、どこかで世の地獄或いは深淵と手を結ばざるを得ない。)
掲句では、「汗の髪膚」と、少女の具象をその髪と肌にクローズアップしていることから、若々しい不安定なエロスが匂い立つのだが、その匂いは人間における山河の匂いとでもいうべきものであって、日本の神々が自然神と重なることを思うなら、神々の匂いが官邸を囲んでいるのだ。
こう読んだときに、掲句は超現実的であるか。むしろ現実を詠もうとして、その現実の背後に潜む神秘性を表現してしまっているのだ。それが詩人の特質であろう。
「ケア」には次の秀句もある。
怒り静けき地帯滝ほど怒鳴る地帯「怒り静けき地帯」と「滝ほど怒鳴る地帯」は二物衝撃のようでいて、実は同じ念の渦巻く、陰の領域と陽の領域を表現している。今はこれをデモの描写として読む事が出来るが、百年後にこれを何の予備知識もなしに読めば、戦争、あるいはレジスタンスの描写と思うかもしれぬ。或いは、何か霊的なものの渦巻く因果の地の描写と読むかもしれぬ。そして「滝」とは、例外なく霊的な場なのだ。
いずれにしても、ここから感じ取れるのは、人間の群の思念の渦である。デモという臨場性のある現実を描こうとして、結果としてデモを発生させている思念の渦巻のみを摑み出しているという点において、詩的な抽出に成功している。それは「地帯」という、およそ人の群の描写には使われぬ語の手柄でもあろう。この語によって、怒りという思念も、怒鳴るという「思念の現れ」も、繁殖する植物のような趣を持つ。
汗や地下を嗄れし喉として帰るここでも、或る抽出が行われているのであって、それは自らを、またデモ参加者たちを「嗄れし喉として」という、ユーモラスで不気味な表現により特化している事である。帰路につく人々の情景に、叫び続けて疲弊した喉だけが地下を進んでゆく情景が二重写しとなり、それがある切迫した疲労感を浮かび上がらせている。仮にこれがデモの句と判らずに読まれたとしても、「嗄れた喉」は勿論叫び続けた喉であり、何の為に叫ぶかといえば訴える為であり、そして人間が喉嗄れるほど叫んで訴えるのは正義であると、昔から決まっているのだ。(しかし、私は、民衆の正義を、国家の正義や民族の正義と同じく、信じない。ただ、正義に殉ずるさまの美しさにのみ感ずるのである。)
高みからの演説による喉の嗄れでない事は、地下を帰るからである。「地下」とは地下道か地下街であろうが、それを「地下」と表現する事により、為政者側或いは勝者側でないことは想像できよう。為政者或いは勝者ならば、意気揚々と地上を帰るからである。
句のリズムが功する処も大きい。上五の字余りと、上五の半ばで「や」とつんのめるように切字を入れる様、下五のやはり字余りと「と」と中七から躓くように続く様、全体にぎくしゃくとしたリズムが、疲弊に満ちた帰路の歩みをそのまま表している。
仮に片仮名でそのリズムを表わすなら、
アセ」ヤ」チカヲ」シワガレシノド」ト」シテカエル」
鍵括弧部分が、帰路の足取りが躓いている箇所である。
或いは、「嗄れた」を「カレタ」と読むのなら、中七の字足らずはやはり、つんのめるような足取りを表わすであろう。
アセ」ヤ」チカヲ」カレシノドト」シテカエル」
今掲げた三句が「ケア」の白眉であって、他の例えば「舗道は主権者ひしめき団扇拾ひ得ず」や「万の主権者と警官隊に夜涼のヘリ」や「法治国家の忌の涼風が群衆に」などは、かなり生硬な詠い方であろう。こういう生硬さ、つまり、ナマである事を観念的とか、こなれていないとか批判する事は容易であるが、むしろ批判を予期しつつも敢えて詠った勇を評価したい。なぜなら、社会性俳句というものが、その動機においてナマであるからだ。ナマである理由は、社会性俳句が、稚拙で観念的で且つ根底において正義を求め勇をふるわんとする人間という生き物そのものを抉り出すからだ。そして、ナマだろうが何だろうが、とにかく詠い続ける先にしか、先に挙げた少女の句、地帯の句、喉の句のような白眉は生まれ得ない。
今一度、主権者の句に戻ると、こなれていないように見える最大の要因は「主権者」という言葉が観念的に見えるという事であるが、なぜここで「民衆」という、共感を与え易い、耳慣れた語を使わずに「主権者」という語を使ったのかは、考えるべきだろう。
「ケア」の集中に、「広場なき国主権者蛇となり巻きつく」という詩的な句があるからである。この句においては「主権者」という語は、漸く或る普遍性を持ち、詩として昇華しているように思われる。
この句の上五、「広場なき国」に籠められた二重の皮肉を考える。一つには、民衆の集結する場所がないという皮肉であり、もう一つは「赤の広場」や「天安門広場」を思うとき、「広場ある国」においても容易に弾圧は行われるという皮肉である。
「蛇」とは、デモ隊のうねり、それを構成する人々の念のうねりの表現である。「蛇」はまた、首都に堆積した歴史のうねりでもあり、地祇神をも想起させる。そして、主権者は何に巻きつくのか。何に、という対象が示されていない以上、主権者は実際には触れ得ないものに巻きつくと見るのが妥当であろう。主権者は、具象を持つ物体又は個人、つまり官邸や総理大臣に巻きつくのではなく、国家や政権という概念に巻きつくのである。
なぜ「主権者」という言葉を使ったかといえば、それが法律の用語であり、国家の主権は国民にある、という憲法の条文を想起させるからであろう。主権者の句群において詠われる論点とは、「民衆の正義」という多分に情感に満ちた曖昧なものではなく、(民衆の正義というなら、かつてナチスを、あの論理的なドイツ国民が熱狂的に支持したのである)、憲法として記される条文の存在である。此の世に完璧な正義というものが存在しない以上、一国内における正邪の判断はその国の憲法を基とするより他ないからだ。
そして、人間はどうしても正義が欲しい。正しく義人として生きたく、意味のある死が欲しい。一方、人の世に完璧な正義が有ったためしは無い。此の世に有る限り、無いものねだりをする、それが人間の煉獄である。
デモの句を取り上げた以上、やはりここで集団的自衛権について、意見を述べねばならないのだろうか。私は、ぐしゃぐしゃと考える。一国における正義ということを考える、憲法遵守という理念を。一方で、自国の空母も大陸弾道ミサイルも持たぬ国が、米国の核の傘に守られるための代償ということを考える。では、強力な軍を持てば良いのだろうか。三つの軍事大国を相手取って、果てしない軍拡競争を続ければ、競争し続けている間は、危うく平和でいられるだろうか。或いは、軍需産業によって各国の軍の需要を充たし、武器商人として生き残りを図れば良いのだろうか。
此の世には存在し得ない穏やかな正義、如何なるときにも平和と両立する正義を夢想し、一方で、国が生き延びるための身も蓋も無さを見る。地獄の覇者に連なるために、他国に地獄を作り出さざるを得ない業を考える。
靖国を思い、遊就館を思い出す。館内に七十年変わらず充ちる悲愴さを思う。個々の兵は国際政治の為に命を賭けたわけではなく、国土即ちふるさと或いは家族、友垣、恋人の為に、命を賭けたのだ。
英霊の遺書の数々を思い出す。一人一人の遺書を読み返してみる。同時に、中東の砂漠で、大国の為に、何の恨みもない国の兵と戦わねばならぬ自衛隊員の姿を想像する。それは有り得る事である。その姿を思い描く時、自衛隊員は「自衛隊員という概念」ではなく、ある年齢に達し、ある背丈と面貌を持ち、先祖や家族と繋がり、喜怒哀楽を抱いて、兵器ではなく人間として呼ばれる、独自の名を持つ個人の姿なのだ。
「自衛隊員」と一括りにされる個々の人間の、それぞれの戦闘の様を見て、靖国の英霊はどう思うだろう、と考える。
兵が国家に属する限り、兵には戦争か否かの選択権はない。何の為に、誰の為に、なぜ戦うのか問う権利は与えられず、だから兵は黙っている。何処の国の兵でも同じである。その悲痛さを考える。兵の、吐くことの出来ぬ心情を考える。
社会性俳句とは、「身の丈を知らない」句の、代表の一つである。俳人という、権力的には全く無力な者が、世界の地獄を詠い、天下国家を批判し、五七五で「この世の君」の不条理に刃向かう。
詠うのは、どうにかして寄り添わねばならぬ、と志すからだ。その対象が、生者であれ、死者であれ、その無念に寄り添い、無念を共にしようとする。それが社会性俳句の動機であろう。
(注)英霊の遺書を読みたい方には、「私の遺書―アジア太平洋戦争」(NHK出版、1995年刊)をお勧めしたい。330通の遺書が収録されている。現在は絶版であるが、アマゾンで古本が入手可能。こんな貴重な本をなぜ絶版にしたままでいるのか、理解不能である。