2015年4月14日火曜日

人外句境 13 [川上弘美] / 佐藤りえ



人魚恋し夜の雷(いかづち)聞きをれば  川上弘美


「人魚」は季語ではないが、ところで人魚にふさわしい季節はいつだろうか、と考えると、やはり夏か…と思うところがある。

春先のぱやぱやとした海に人魚が浮かぶ情景にも趣がないでもない。

秋の海から枯葉にまみれた人魚が顔を出すのも、思い浮かべることはできる。

冬の凍てつく海に人魚はどうしているだろうか…などと考えるのもまた一興ではある。

しかしやはり、人魚には夏、ではなかろうか。

むっとした夜気にまぎれた生臭さ。夏の嵐のあと、海岸に打ち上げられた半人半魚を見つけたら…と、妄想は果てなく続く。

掲句では夜の雷を聞いて人魚を恋しがる、という景が詠まれている。

川上弘美には人魚を題材にした短編がある。文庫『神様』所収の「離さない」がそれで、登場人物エノモトさんが南方へ旅をした際に「まぐろよりは小さく、鯛よりは大きい」人魚を偶然見つけ、自宅へ持ち帰って(連れ帰って?)しまう話である。

この作品中では、人魚は人をひきつけ、自分の側から離れられなくさせる能力を有したものとして描かれている。浴室に人魚を飼ったエノモトさんは部屋から出られなくなり、危機感を抱いた彼から人魚を預かった「私」も同じように、会社を休み、人魚のいる自宅に引きこもるようになる。

ついに意を決した二人が人魚を海に帰すと、人魚ははじめて口を開き「離さない」と呟く…。

掲句を読んでまずはこの話を思い出した。異形の者のなかでも半身に人の形を持つ人魚は、それゆえに近しさと悩ましさを併せ持った存在である。

ローレライしかり、人魚姫しかり、共存のかなわぬ間柄だからこそ、惹かれてしまうという矛盾。あやうい距離感が、人魚の魅力の一面だと思う。


〈『機嫌のいい犬』集英社・2010〉